湧虫雑記


「小者」の絵描きの小さな望み


 自分の作品のための美術館を建てたい、とおっしゃった御仁がいる。これが全く私には理解できない。死後自分の作品がどうなるかについては、作家自身は全く手だしはできないのに、まあなんと迷惑なことをお考えだろうと思ってしまう。200年は残したいので下塗りや絵の具の乗せ方には細心の注意を払っています、という人もいる。ほーっと感心はするが、それがどうなんだとも思う。自分の絵を200年という実感できない時間の長きに渡って人に見せようという、これは一種の誇大妄想とも言える。漆職人や指物師が何百年も輝きを失わないモノを作るのとは訳が違う。職人の名品はその誠実さが常に内に向かった結果生まれるもので、できるだけ永く使われるようにという思いで、自分の銘さえとどめようとはしない。じつに潔い。潔く自分をひっ込める分残された作品は力強く輝くように見える。それに比して、絵描きはどうしても「自分」をとどめたがる。自分が生きた証しを残したいというのは、意外と大きな欲求なのかもしれないが、それを目的に精進するのはどうも虚しく思えて仕方ない。

 自分の作品がどこへ行って、どうなってしまうのか、少しは気にはなるが、実際のところ描いてしまえば、もうそこから先はどうでもよい、どうしようもない。よっぽど気に入った自作で、テーマがごく個人的なものであれば手元に置いておく。自分のためである。むしろ、作品が手元から無くなっていくほうが、すっきりする。どこかで自分のものではないと感じているようなところがある。無責任といえば無責任である。というより、おそろしくて自分の作品の責任などとれたものではないと居直っている。こんないい加減な気持ちでも描き続けているのは不思議であって、勿論真面目とは言い難い。命を賭けて精進されている人達から見れば一顧の価値もない。大向こうを唸らせることに関心のない「小者」の「軟弱な」絵描きを自負している。というわけで、自分の美術館などを作るなど、もっとも恐ろしい行為と思う。たまから、あまり名誉や権勢に興味がないこともある。どうもグロテスクで、どこか間が抜けているのが名誉欲だ。名誉や知名度というのも使い様で商売にはプラスにはなるだろうが、わたしにはそれらを手に入れる才能が全く無いらしい。今や完全にその点は諦めている。

 となれば、わたしの「欲」として成り立つのは「いい絵を描きたい」ということだけで、いかにも純粋そうにも聞こえようが、つきつめると、芸術の持つおいそれと形容しがたい神秘や秘密の中に自らを浮遊させ、より高度に官能的な快感を得たいというなんとも不遜な「欲求」になる。自分がミレーのあの「春」に匹敵する作品を描けたとすれば、それ以上の快感はない。その瞬間から後のこと、周囲のことは全く問題ではない。なら、そのために脇目も振らずに邁進せよ、またはそのためにすべてを犠牲にせよ、などと言われると、「待ってよ」となる。金メダルを狙うアスリートではない。毎日8時間描いたらいい絵が描けるというものではない。強いていえば才能は磨くことはできても、作り出すことはできない。あとはその作家が何と出会うか、どう歩んでいくかの運命が作品を成立させる、とわたしは思っている。

 ゴッホやレンブラントの頭の中にはあの作品を生むだけのイメージが存在したのであって、それは誰とも共有できない彼等だけのものだ。体質や遺伝的要素、幼児体験、環境など数え切れない要素で人の精神が形作られる。どの要素がどう働いてその人が成果を残せるかなど、説明できたものではない。まして、それが芸術家とその作品ということになると、その因果を語ることは虚しいくらいに意味がない。世の不可思議と運命に翻弄され浮遊する脆弱な存在として、芸術家は生きる。そして、数え切れない曲折を経て作品を残す。本人はそこまでで精一杯のはずである。没後の栄光は本人と切り離されたもので、当然後世の人々が作り上げる。後世の人々のものである。自分の作品が美術館に所蔵され、未来にわたって展示され賞賛を浴びるのをにんまり想像するなどは、どうも意地汚くていけない。

 「民衆の中へ」などとスローガンを掲げるつもりは毛頭無いけれど、善く生きる人々に近しく描いていたいと思う。たまたま、風変わりでわがままな「遊び」を許されているのだから、誰とはなしに感謝しながら、自分の中に消えては浮かぶイメージを不器用にも画布に定着させ続けようと思っている。なにかの拍子に「いいなあ」と感じてもらえて、部屋の中に飾ってもらえて、あとは空気のように存在して、時折見つめてもらって少し心をさわさわとしてもらったら、それ以上のことは望むと罰があたる。



岩崎 雄造